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2007/08/08 発売 |
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表現というのは決意のようなものである。だから、そこに断定や覚悟がなければ、曖昧なものとして映ることが多い。しかし、その表現をもたらす僕らのほとんどの時間は決意なんて潔さとは程遠い「彷徨う時間」に充てられている。生きていなければ死ぬしかないし、死へ一歩一歩近付くことを明日と呼ぶ矛盾を孕んだ僕らは、彷徨うことによって生のリアリティを感じる、何とも哀しい生き物なのだろう。
何もロックはショック(暴動)やロジック(屁理屈)の音像なんかじゃない。ロックとは、最も無垢な自己告白である。彷徨う僕らのリアリティを生々しくぶつけるメッセージとビート、そして歪んだり乾いたり透明になったりするサウンド……。例えば生きている中で、最終的にあなたは自分に何を望むのだろうか? たぶん、きっと、間違いなく「正直でありたい」ということだと思う。そんなことが一番難しい世界を生きているからだ。ロックはその「正直でありたい」である。無垢過ぎてそのまんまじゃ人にも言えないそんな願いを、自分に課すように鳴らす音楽、それがロックである。
NON'SHEEPは、真っ当な4ピース・バンドである。メランコリックなギターのアルペジオと、千切れそうな糸が喉に張り付いたようなヴォーカルが印象的なバンドである。そしてその飛べない鳥のような華奢なメロディー・ワールドに、翼を生やさせるべく掻き鳴らされるもう一本の轟音ギターや、つんのめりながらも目を瞑り続けて疾駆するような衝動的なビートが彩られていく、センチメンタルに「蒼い」バンドである。個人的にはシロップ16gやストレイテナーやアートスクールのアーリー・デイズの風が、首元をさっと吹きぬけていく感触を得た。そういうバンドである。
余命5秒
明日は見ないでいい
届きはしない日差し
時計の針は既に過ぎていたんだ
現実はそこの角を曲がったところにあるさ。
“5秒”
ネガティヴである。諦めや死と、哀しいほどフラットに向かい合っている世界が、このアルバムのほとんどを占めている。いろいろなミュージシャンとインタヴューをしているとよく「否定やネガティヴや悲しいことを歌っていかないと、本当の歓びや肯定やポジティヴは表せない」という話になる。その通りだし、だから光と影を投射することによって名曲が生まれる。
しかし。
NON'SHEEPの音を初めて聴いた時、この論法とは違うものを感じた。
ポジティヴを表したいとか、幸福を考えることすら放棄しながら明日へ向かって行ってしまう「死ねない僕ら」みたいな、諦めにも似た独特のテンションを感じたのだ。ここにこのバンドの無垢なまでのストイックさと狂気のエネルギーのオリジナリティがある。簡単にポジティヴやネガティヴとか、光と影とかに対比させることのできない厄介なる混沌に満ちたインナーワールド。しかも常に出口は、なし。――でも、大抵な場合、僕らはこんなことを実感しながら時を刻んで「生きちゃっている」。答えなんて簡単に見つからないし、簡単に見つかった答えに依存するほど生きるということは安いもんじゃない。
ある意味、人は上手くいかないほど燃えるし、エンディングがないからこそエモーショナルな衝動をたぎらせるのかもしれない。このNON'SHEEPの絶対零度のアルバム『Annunciation』は、そんなことを響かせてくれる。
鹿野 淳 (MUSICA)
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